僕がブログを書く理由

ブログを書き始めて半年が経った。三日坊主の僕が更新頻度は少ないまでも、ここまで何かを続けられたのは奇跡だと思う。多分この奇跡は色んな人がブログを見て「笑った」、「元気が出た」と言ってくれて、そんなありがたい沢山の言葉の上に成り立っている。

 

読んでくださっている皆さん、本当にありがとう。

 

僕がブログを書き始めた頃、僕は精神内科に通っていた。過去形ではなく何なら今だってちゃっかり通っている。ブログを見てくれている人からしたら、想像ができないかもしれない。僕の身近な人間だって、なんなら僕だって、僕が鬱病になるなんて思ってもいなかった。

 

始まりから話せばきりがないし、そんな話をダラダラと続けても具合が悪くなるので結論から述べると、僕の父は借金苦で自殺した。

 

それだけ述べると悲劇のヒロインみたいになってしまうので付け加えるが、今述べた父は僕の本当の父ではない。本当の父は今もピンピンしている。

亡くなったのは僕が19歳の時に、母が再婚した二番目の父だった。

 

正直に言うと新しい父を、父と言える程の時間を僕はあまり過ごしてはいない。なにせ東京への就職が決まっていた僕は、再婚後地元の友達との思い出を作るため、遊びまくって殆ど家にいなかったし、19歳になってできた新しい父と会話の仕方が全く分からなかったから、会ってもあまり話すこともなかった。

 

ただそんな僕でも、新しい父が優しかったのはわかった。

それまで、男を見る目がない母に僕ら兄弟は散々苦労していた。だけど、新しい父は妹と弟をちゃんと見てくれていたし、ちゃんと愛してくれていた。それだけは新しい父の話をする弟と妹の姿から何となくわかったし、だから母の再婚に不満を漏らしたことはなかった。

 

その後、東京に行った僕は毎日毎日遊び惚けた。

元々母子家庭で貧乏をしていていたので、会社に就職し、今までに買えなかったものが買える喜びは蜜の味で、一人暮らしの自由はその散財をさらに加速させた。

時々、母から連絡がくることもあったけど、僕はそれを適当に返して、なんなら返さない日もあった。覚えたばかりのスタンプやらをポンポンと送ってきて「こっちも頑張ってるから、あんたも頑張ってね」って、そんなことは言われなくても分かってるし、自由を邪魔されてるようで、その時はすごくうざったらしく感じていた。

年に二回ほど実家に帰省していたときも、僕は殆ど家にはいなかった。地元の友達と遊べるだけ遊んだ。いつも夜中に帰ってくるもんだから、仕事帰りのくたびれた父と鉢合わせることも多々あった。だけどそんな時も「ただいま」とだけ言って、当たり障りのない会話をして、それからすぐ自分の部屋に戻っていった。

なんとなく怒られるような気がしたし、怒られても素直にそれを受け入れられる気がしなかった。

そんな父だが、僕が東京に戻る日になるといつもしわくちゃになった千円札を数枚くれた。正直、社会人になった僕にはそのお金が凄く少なく思えて、丁寧にお辞儀したあと、それをぐちゃぐちゃのままポケットに突っ込んでいた。

 

父が死んだと連絡をくれたのは、妹だった。

 

何度無視しても執拗にかかってくる電話で目が覚めた。朝も5時とかそんな時間で、イライラしながら電話口の声を聞いた。最初は頭が回らなくて、夢とか見てるのかと思っていたけど、妹の声が妹の声だけど妹の声じゃなくて、絞り出してようやっと出た精一杯の言葉なんだと分かった時、これは現実だということを理解することができた。

 

その後地元に戻って、父の葬儀を行った。母はもうずいぶん泣いたあとだろう。泣き疲れた顔で「お帰り、忙しいのにわざわざごめんね。」と僕に言った。妹と弟は母のそばから離れて僕の前で泣いた。多分、ずっと母を支えるために我慢していたのだろう。
前々から予兆はあった。母からも時々それらしい連絡がきていた。けど、僕はそれほど重要視せずお酒を呑んで遊んでいた。妹と弟は僕に心配をかけまいと、なるべく連絡をしないようにしていた。

 

僕は家族の泣き顔を見て、自分の居場所がここであっているのか分からなくなった。

家族のことなんて考えずに一人、毎日を楽しんでいた。

家族はそんな僕にごめんねと言ってきた。

 

父の死を本当に悲しめない自分が、情けなくて恥ずかしかった。家族が苦しんでいるとき、それを見て見ぬふりをしてのうのうと遊んでいた自分が気持ち悪くて、そしてすごく嫌いになった。

 

それが直接的に鬱病につながったかと言えば、そうではない。でも僕の仕事は他人の家庭をいとも簡単に壊せる力を持っていた。そしてその家族と自分の家族を重ねてしまうようになり、いつしか僕の心は壊れていった。

 

鬱病と診断されてから、しばらく、僕は実家には帰らなかった。一人でいるのはよくないと医者に何度も言われたけれど、それでも帰れなかった。これ以上家族に迷惑をかけれないと思った。

 

だけど一人でいると、自分が何をしているのか分からなくなった。昼夜の感覚が死んでいき、そして自分が生きてることに疑問を感じるようになる。どうしたらいいか分からない渦の中を一人でぐるぐると回って、そこから逃げるように寝ようとすれば悪夢にうなされ、気づけば寝ることもできない状態になっていた。

 

結局僕は自分自身でその問題を解決できず、その後実家に帰った。最後まで実家に帰るか悩んだ。僕はこと父親の死については一番悲しむべき人間でない。一番辛いはずの家族が頑張って生きているのに、そんな僕がどうやって自分の状況を説明すればいいか分からなったし、どんな顔をすればいいかも分からなかった。

 

そんなぐちゃぐちゃとした感情のまま実家に帰った僕を、家族は何も聞かずに「おかえり」と出迎えてくれた。僕が話をするまでいつものようにバカな話を繰り返して、笑わせてくれた。少しずつ少しずつ自分で打ち明ける時間をくれた。こんなバカで情けない僕に「よく頑張ったね。」と言ってくれた。僕はどうしようもない程にそれが嬉しかった。こんな僕を優しく迎えてくれる家族はいつだってそこにいて、僕には帰る場所がちゃんとあった。

 

しばらくして、僕は東京に戻った。本当は帰りたくなかったけど、「いつでも帰って来い。」と職場の上司、先輩、同期、後輩、本当にたくさんの人から連絡をもらっていた。写真フォルダに残る、そんな職場の人たちとの思い出がなんだか懐かしく思えて、それで帰ることを決意した。何かあっても帰る場所があるから、また前を向くことができた。

途中で職場から逃げ出して、沢山の迷惑をかけたはずなのに、みんなが「おかえり」と迎えてくれて、何事もなかったかのように話しかけてくれた。

僕は一人で生きていなかった。

それに気づくことができたとき、僕はまたゆっくりと眠れるようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

僕がブログを書く理由。

僕は今、沢山の人のお陰でこうして今を笑って生きています。

最初は遠く離れた家族と、心配してくれた人たちに元気でやっていることを伝えたくて、このブログを書き始めました。家族が何も考えず笑えるように、本当にくだらないことしか書いてこなかったです。

 

だけど、それをみて今では家族や友達以外の沢山の人が笑ってくれるようになりました。

「ブログ見て、笑いました。」

「バカすぎて、元気出ました。」

「あなたのブログのお陰で今日を笑って終わることができました。」

コメント欄に寄せられる、顔も知らない誰かのそれら一つ一つの言葉が、本当に嬉しかったです。

僕がたくさんの人から、元気をもらって今を生きているように、僕も誰かのつまらない日常を一瞬でも笑わせて元気にすることができたなら、こんなに嬉しいことはありません。

だからこれからも、育児に疲れた時、上司に怒られて凹んだ時、遊び相手がいなくて寂しい時、そんなつまらない日には、このブログに顔を出してください。

有益なことは本当に何も書かれてないけれど、その代わり僕が全力で笑わせるから。僕がそうしてもらったように。

そして少しだけクスってしたら、また明日からも頑張って生きてみてください。

 

そしたら僕も笑って生きていけるので。

 

こころ

あなたの心を教えてくれてありがとう。
いつも、みんなを元気にしてくれてありがとう。
お互い、色んな物を抱えながらも、前を向いて笑っていこうね。
いつもありがとう。

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ak040204

こころしゃーん!遅くなってごめんなさい。
こちらこそ、いつも笑わせてもらってます。
これからもおっぱいだけを見て、人生を歩んでいければいいなと思います。
これからもよろしくお願いします♪

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神谷 幸弥(さや)

収益を得る為に躍起になっているブロガー達の中で、呆れるほどに馬鹿馬鹿しくて面白い作風で異彩を放っている、一風変わったブロガーさんだなって思ってました。

そことなく笑いの中に盛り込まれたペーソスに、青木さんが抱えている心情が見え隠れしているように感じたのは、こういう経緯があったんですね。
「頑張れ」とも「大変だったね」とも言えませんけど、これからも思う存分に私の腹筋と涙腺を刺激して下さいね。
by 四天王の1人より

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ak040204

さやさん、ありがとう。それから遅くなってごめんなさい。こっちにコメントする人があまりいないので気づけませんでした。僕はいつもさやさんのコメントに本当に勇気をもらっています。頑張れも大変だったねも、もう色んな人にいただきました。だから、これからは僕がもらった分の頑張れと大変だったねを笑いに変えて、疲れた皆さんに届けられればいいなと思います。

だからこれからも、腹筋と涙腺とそれから母性を刺激するようなブログを書くので応援よろしくお願いします。母性が爆発しそうになったらその時は呼んでください。走っていきます。

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